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定期訓練 [航空関係]

訓練と審査に明け暮れるのが我々パイロットの宿命と言えます。

このうちのシミュレータ訓練は、機長定期訓練、運航気象条件訓練(CATⅠ Ⅱ Ⅲ)
LOFT(Line Oientated Flight Traning)などが行われます。

若い頃には訓練センターの雰囲気が好きで、シミュレータ訓練などもどちらかと言えば好きな方だったのですが、歳をとってきますと、訓練を受けるのが億劫になってきましたね。
訓練センターは人もまばらで、羽田空港の乗員室にはない独特の雰囲気があります。厳しい訓練が常に行われていますし、航空局や社内の審査も行われていますので、静かな中にもピリピリとした緊張感がただよっていて、身が引き締まるような気持になったものでしたが。

機長定期訓練の最初の科目は、RTO(Rejected Take-off)
長距離国際線を想定していますので、離陸重量は87万ポンド。通常の離陸スピードは、V1 154ノットになるのですが、雪氷滑走路ですので、V1を140ノットまで減らして離陸します。
滑走路が滑りやすいため、離陸を継続するよりも、停止する方が性能的に厳しくなります。そこで釣り合い滑走路長とするために、V1を減少させるのです。
なお、VR、V2は通常と同じ、170ノット、180ノットとなります。

通常の RTO 訓練ではV1の少し手前、130ノット付近でエンジンを一発不作動にするのですが(VMC は120ノット)、今回は離陸推力にセットして、機体が動き出した直後にエンジンが停止する設定で訓練を行いました。
この設定が一番難しいんですよ!V1近くまで機体が加速していますと、ラダーの効きも十分ですので、ラダーだけで機体の方向コントロールができるのですが、動き出した直後ですとラダーが全く効きませんので、デファレンシャル・ブレーキを使って機体をコントロールする必要が生じるのです。
オート・ブレーキの RTO モードはGS85ノット以上にならないと作動しません。

更に、65ノット以上にならないとオート・スロットルがホールド・モードとなりませんので、その速度以下で RTO を行う場合、スラスト・レバーの横に付いているスイッチでオート・スロットルをオフにする操作が必要となり、操作が遅れ気味となってしまうのです。
操作がちょっとでも遅れますと、横方向のコントロールが難しくなる訳ですね、雪で滑走路が滑りやすくなっていますし。

そこで私は、オート・スロットルをオフにする操作を省略し、オート・スロットルを手動でオーバー・ライドする事にしています。スラスト・レバーをアイドルまで絞った後、すかさずリーバースにしますと、オート・スロットルは自動的にオフとなるからです。これにより、対応がコンマ何秒か早くなります。
ただし、フル・リバースにしてしまいますと、方向コントロールがまたまた難しくなってしまいますので、アイドル・リバースで止めておきます。まだ速度が出ていませんので、停止距離に関しては問題ありませんからね。

無事に停止できたら、ここでシミュレータをフリーズさせ、次の離陸に備える訳ですが、
-400のようなハイテク機になりますと、その準備が大変なのです。
在来のB747ですと、そのまま再離陸ができるのですが、ハイテク機ではシステムの再構築に手間が掛かります。
20項目近いアナザーテイクオフ・リストアチェックリストを完了させて再離陸。

今度はV1のコールと同時にエンジン・フェイル!ラダーを一杯に踏み込んで、VR 170ノットまで加速し、ローテーションを行います。この場合FDは無視して(私の事ではありません。Flight Director )10度のピッチを死守する事が重要です。国内線の軽い重量では15度。
この辺りの特性が実機と違っていて、シミュレータはフラフラと揺れ動いて安定しませんが、
400フィートから加速に移り、フラップをクリーン・アップして行きます。
そしてお約束通り、最大着陸重量まで燃料を放出した後、羽田へと向かい、訓練を続ける事になります。


日が変わって、運航気象条件訓練と LOFT を行いました。
この日も同じく、RTO、V1以降のエンジン・フェイルの科目を済ませた後、まずはエンジン1発停止のまま CATⅠで着陸。
続いて、CATⅡによる着陸は、100フィートで滑走路を視認するも、50フィートで再び雲の中、すかさずゴー・アラウンドを行い、次は CAT Ⅲによる着陸に移ります。
CATⅢでも進入復行を行うシナリオなのですが、滑走路を視認できない事による進入復行が想定されていない CATⅢですので、着陸寸前に CATⅢに必須な機体システムにトラブルが発生するのです。
今回はオート・ブレーキのトラブルでしたね。
着陸寸前にカチッと音がしましたので、「何事か?」 と EICAS メッセージを確認しますと、オート・ブレーキが不作動との表示がありましたので、再びゴー・アラウンド。

そして再度 CATⅢで着陸し、訓練終了となるはずなのですが、着陸寸前の PFD の表示に違和感を覚えたのでした。「何かおかしい!・・・」
CATⅢですので視界は僅か100m、雲高もゼロ。何も視界に入ってきませんので、PFD の表示だけが頼りなのですが、グライド・スロープのポインターが激しく動いて、機体が異常に降下している事を示していたのです。

その時思い出しました。ブリーフィング・ルームのホワイト・ボードに、シミュレータ機器の整備情報として、「羽田 Rwy34R ILS において、滑走路末端付近でグライド・スロープから1ドット低くなる不具合が発生しているため、現在原因を究明中である」 と書かれていた事を。
しかし、例えシミュレータと言えども、飛行の安全に確信を持てないまま、着陸を強行する事は、パイロットの本能として許容する事ができないんですよね。そんな訳で、私の指は再びゴー・アラウンド・スイッチを押していたのでした。
その時、後ろの席に座っていた教官から、「すいません、今のはシミュレータの不具合でした。もう一度5マイルファイナルまで持って行きますので、今の現象は無視して着陸して下さい」 との声が掛かったのでした。
シミュレータって便利ですよね。好きな所、好きな高度へと機体を持っていく事ができますので、効率的な訓練ができるのです。1時間近く掛かるはずの燃料放出も、僅か数分で完了できますし。

LOFT とは通常のライン運航を想定して行う訓練なのですが、今回は福岡→羽田便を想定。
巡航中に前方貨物室ドアが吹き飛んで緊急降下。そしてそのドアがNo 3エンジンに当たってエンジンが停止。目的地を羽田から中部セントレアに変更して緊急着陸。との結末になったのでした。
LOFT のシナリオは幾つか用意されていて、どんなトラブルが発生するかは決まっているのですが、どんな結末になるのかは、PIC の判断次第で変わって来る事になります。

blog#3eng.jpg
ああああああああああああああああああNo 3エンジン、
ああああああああああああああああああ1基で約2万5千馬力を発揮します。

シミュレータの訓練時間にはブリーフィングや休息の時間も含まれており、十分な余裕も持って計画されていますので、殆どの場合予定よりも早く終わってしまいます。
今回もそうでしたので、帰宅時間も早かったのですが、そこでカミさんが一言、
「あらっ、早かったのね、早回ししたの?」
ビデオじゃあるまいし。

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yasu

さすが奥様!伊達に長年パイロットの妻をやっていませんね。
恐れ入谷の鬼子母神。

by yasu (2009-11-21 00:21) 

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