小笠原クルーズ [旅・温泉]
ちょっと困ったことになってしまいました。
ぱしふぃっく びいなす に乗って小笠原クルーズ。横浜市民限定割引プランという企画をインターネットで見つけましたので、「どうせ当たらないだろうから申し込みだけしておこう」 と気軽に応募しましたところ、15室限定だったにもかかわらず、当選してしまったのでした。
『申し込み多数のため、厳正に抽選しました結果、当選されました』 とあったのですが、こんなにあっけなく当選してしまいますと、「本当に申し込み多数だったの?」 と疑ってしまったくらいです。
横浜大桟橋を出航して西に向かい、熱海沖に停泊して [熱海海上花火大会] を観賞した後、小笠原へと向かう5泊6日のクルーズなのです。
横浜大桟橋に停泊する ぱしふぃっく びいなす、全長183m・26,500トン。
今回用意された部屋はステート・ルームという一番下のクラスだったのですが、我々のステート G は
一応角窓になってました。
写真を見ればお分かりのように、丸窓の部屋ではかなりの閉塞感がありそうですね。
更にデッキに面した部屋では、外をしょっちゅう人が通りますので、殆どカーテンを開けられないでしょう。
部屋を選ぶ時には、角窓か丸窓か。デッキに面していないかなど注意する必要がありそうです。
部屋にはテレビ(日本近海ではBSが、離れるとNHKワールドを観ることができました)、冷蔵庫の他、
100Vのコンセントなどがありましたので、カメラの電池の充電などにも不自由はしませんでした。
もちろん、トイレ、洗面所(シティ・ホテル並の備品)、狭いながらもシャワー・ブースの備えもありました。
紙テープに送られて、いざ出航!後方の船は 飛鳥 Ⅱ
この時期、気になるのは台風の動きで、14号・15号と立て続けに発生していましたが、全く心配はしていませんでした。
何故なら、太平洋高気圧(小笠原高気圧とも言います)が勢力を強めて、日本の南海上に張り出していましたので、さすがの台風もこの高気圧の中には入り込めず、その縁を回って沖縄方面へ向かうと予想したからなのです。
台風の余波か?多少のうねりはあったものの、クルーズ中は素晴らしい晴天に恵まれたのでした。
都会の喧噪を離れて、南国の楽園へと旅立ちます。 ロイヤル・ウイングもお見送り?
出航後24時間以内に行うよう義務付けられているそうで、横須賀沖で早速の避難訓練。
救命胴衣の背中に 5 とあるのは、我々が乗る救命艇は5番と指定されているからなのです。
救命艇1隻に約150名乗れるそうなので、150名X6=900名。タイタニックの悲劇はゴメンです。
長い船旅で乗客を退屈させないよう、色々な催しが用意されています。熱海沖に着くまでに、メイン・ラウンジでは歌謡コンサートが。変な発音だと思ったら、外国の方でした。
船で働く約200名の皆さん。マネージャー・クラスを除くと、乗客係の殆どが外国人でした。
熱海沖での花火見物。
天気が良すぎて風も弱く、後半は煙に妨げられて、花火がよく見えなかったのが残念。
写真は合成しています。
花火見物が終わりますと、いよいよ小笠原へと進路を取ります。
次の日の朝の5時頃に八丈島を通過しますと、次に見えてくるのが青ヶ島。そして、奇妙な岩石の島、
須美寿島(すみす島)が見えてきました。
ああああaこの島、奥行きのない屏風のような島なのです。標高136m
南下を続けていますと、船の周りを鳥たちが飛び回るようになってきました。
背中の白いのがアホウドリで、黒いのがカツオドリだそうです。比較するものがなかったので大きさまでは分からなかったのですが、横浜港に帰った後、船のそばに寄ってきたカモメとの比較では、倍の大きさはある鳥だったようです。
アホウドリとカツオドリに先導?されて航行を続けていますと、大きな島影が見えてきました。 鳥島 です。
明治時代にはアホウドリ捕獲のために人が住んでいたり、昭和になって気象庁職員が常駐していた時期もあったようですが、現在は無人島になっています。
島の最高峰の硫黄山は394m、海岸線の長さは6.5キロだそうな。
島の西側には、昭和40年の火山活動によって閉鎖された気象庁鳥島気象観測所の建物が、朽ち果てた状態で残っていました。山頂にはレーダー・ドームも。
手前の崖に砲座のような洞窟がありましたので、旧軍の施設跡かとも思ったのですが、万が一の場合の気象庁職員の避難壕だったのでしょう。
なにしろ明治35年の大噴火では入植者125名全員が犠牲になったそうなので。合掌
鳥島に別れを告げ、更に南下を続けていますと、怪しげな物体が見えてきました・・・・・
太平洋の真ん中にそそり立つ玄武岩の孤立突岩 孀婦岩(そうふがん) です。
この辺りの水深は2,000mだそうですので、海底から二千メーターの山がそびえ立っていることになります。海面上からの高さは99mだとか。海水が全部無くなった時の景観も見てみたいですね。
ああああああああa頂上には鳥たちのコロニーが。登った奴もいたとか!!
大サービスで岩の2~300mぐらいまで近づいてくれました。船長によりますと、クルーズ船ならではのサービスだそうで、定期船ではこんな航路は取らないとか。
前にも書きましたように、航海中に乗客が退屈しないよう、色々なイベントが企画されているのですが、
その情報は前日の夜に各部屋に船内新聞として届けられるのです。
あああ画像をクリックすると拡大します。
新聞にもありますように、二日目の夜には船長主催のウェルカム・パーティーとピアノ・ディオ・コンサートが行われました。飲み物は全てキャプテンのおごり?です。
飛行機のキャプテンとはずいぶんと違うようですね。キャプテンとチーフ・パーサーとの間に意見の相違が生じますと、キャプテンが飛行機から降ろされたりしてね。何処かの航空会社では。
航空会社の事務方は、パイロットを押さえつけ仕切ることに、異常な執念を燃やしているのです。
その事務方に媚びを売る一部のパイロットも、全くもって情けない次第なのですが。
船旅にはドレス・コードという規定が設けられておりまして、例えば、
日中。起床から夕食(カクテル・パーティーを含む)までは自由な服装。
夕食以降は、その日ごとに設定されたドレス・コードが適用される。
となっておりまして、二日目の夕食以降がインフォーマル。
それ以外の日は、カジュアルとなっておりました。そして、
インフォーマル : 男性はスーツ、ジャケットなどの上着にネクタイ。女性はワンピースやブラウス、
ああああああああスカートなどにアクセサリーを施した装い。との事でした。
ただ、インフォーマルの時でも、精一杯に着飾った方もいらっしゃいましたので、普段は出来ないようなお洒落をするのも船旅の楽しみの一つなのでしょう。
ところがカミさんによりますと、二日目の夕食時、インフォーマルの規定にもかかわらずノー・ネクタイに上着なしでメイン・ダイニングに入ろうとして、マネージャーから 「お客様ちょっと・・・」 と制止されたのに、「いいから、いいから」 と言って、強引に通過した乗客が居たとのこと。こんな輩、必ず一人は居るんですよね。
この船は日本の船ですし、乗客も日本人ばかりですが、海外では日本人の恥をさらして欲しくない!
ドレス・コードの設定に不満なら、クルーズに参加するなと言いたいですね。
今日のメニューは、
タラバ蟹とサーモンディルマリネのポーピット・キャビア添え
オホーツク産帆立貝柱のソテー
牛フィレ肉のステーキ ソースマデラ 小茄子のグラタン添え ・・・ etc でした。
横浜を出航してから41時間、道草もありましたが小笠原諸島・父島にやっとたどり着きました。
右前方に停泊予定の二見湾が見えています。
今回のクルーズの全行程を示しますと下の図のようになります。往復二千キロ、小笠原は遠いのです。
父島・二見港にはパシフィック・ビーナスのような大型船が接岸できる桟橋がありませんので、沖合のブイに係留することになります。地元の漁船が大活躍。
正面の桟橋に停泊している船は、父島と母島を2時間10分で結ぶ ははじま丸(490トン)
島への上陸はテンダー・ボートや漁船を使って随時行われます。
上陸地点、青灯台岸壁では南洋踊りで歓迎。ボランティアなので、ぎこちないところはご勘弁。
初日。午後からはオプショナル・ツアーを申し込んでいましたので、午前中だけ自由行動。
最初は貸し自転車にするか村営バスの乗り放題を、と考えていたのですが、レンタル・バイクもありましたので、こちらを選択したところ、これが大々正解。
村営バスは1時間に1本程度しかありませんし、回れるのも海岸沿いの道だけ。山の方へ行くと急坂の連続で、自転車で走破するのはとても無理だったでしょう。
カミさんは免許を持っていませんので、二人乗りが出来るバイクを借りて6時間 / 2,800円。
バイクに関しては文句ばかり言うカミさんも、この時ばかりは 「貴方の趣味がバイクで良かった」 と言っておりました。
書類を書く時に、「自動二輪の免許はお持ちですか、バイクには乗り慣れてますか?」 と問われましたので、「バイクには50年乗ってるわい」 と、うそぶいておきました。
あああああああああああああ父島 MAP (画像をクリックすると拡大します)
バイクを借りて最初に向かったのが、島の北西にあります 三日月山展望台
展望台までは長い坂道が続いていたのですが、途中、徒歩で登っていたご婦人二人を追い抜きました。
こんな時、何か申し訳ない気持になるんですよね。カミさんが 「頑張って下さい」 と声を掛けてましたが。
展望台から南方向を眺めます。
運がよければ、鯨を見ることができるようです。ただし、ベスト・シーズンは3~4月らしい。
次の日、食事の時に同席した人は、イルカが飛び跳ねるのが見えたと言ってました。残念
展望台に30分ほどいて山を下ったのですが、その途中、また例のご婦人二人連れとすれ違いました。
もう一度、「もう少しです、頑張って下さい」
海洋センター付近からの眺め。リゾート地の雰囲気が出てますね。
右の建物は海上自衛隊の基地。水陸両用機(US2)が陸上に上がるためのランプも見えました。
バイクで走れる道は殆ど走破しましたが、紺碧の海と白波の対比が美しい島でした。
あああああ島の西側にあるコペペ海岸。天然記念物である オカヤドカリ が多数生息していました。
そのコペペ海岸を海側から見ますと、こうなります。
コペペ海岸から中央山・夜明山へ向かう途中、右に折れて赤旗山方面へ向かいましたところ、道が途切れた先にはこんな看板が。
ガイドなしでは立ち入り禁止とくれば、諦める外ありません。
後で地元の人に聞きましたら、「あそこに入り込んだら、迷子になって出てこられないよ」 ですと。
その後は父島の最高峰 中央山 へ。
頂上の展望台から二見湾の方を眺めますと、ちょうど定期船 おがさわら丸 が入港してくるところでした。
小笠原の経済は、おがさわら丸中心に動いているようです。「おがさわら丸入港中だけ営業」 とかね。
船の大きさにそれほどの違いはないようにも見えますが、びいなす(26,500トン)おがさわら丸(3,500トン)です。
接岸したおがさわら丸。
3時間ほど走り回って父島内の道は概ね制覇しましたので、バイクは返して一旦船に戻り、昼食を摂ることにしました。
食事にも気が配られていて、飽きることのないようなメニュー構成になってました。今日は海鮮丼。
食事中、ちょうどははじま丸が出航して行くところでした。母島まで約2時間の旅。
後方の ↓ が海上自衛隊の水陸両用機が陸に上がるためのランプです。
昼食の後、予め申し込んでおいたオプショナル・ツアー 海域公園ボート遊覧 のため再び上陸。漁船5隻に分乗して出港しました。
とにかく海の蒼さが印象的でした。これぞ群青。
今日の海は荒れている方とのことだったのですが、凪の時は海面に自分の顔が写るとのこと。
それでも、海面を透して海底までのぞき見ることができました。
二見湾に無事帰還。1時間30分ばかりの遊覧でした。
今夜は食事の前に、魂のギターとボーカルの夜 を堪能。
多くの人が魂を揺さぶられ、いつしか 「魂のギタリスト」 と呼ばれるようになった 中村 ヨシミツ と クラシックからシャンソンまで、幅広いジャンルと歌唱力で人気の 三原 ミユキ
みんなの手拍子にのせて始まった ♪ お~シャンゼリゼ ♪ など、大いに盛り上がったのでした。
シャンソンもクラシックも良かったのですが、一番の聴きどころだったのが、アンコールで歌われた、北島三郎の持ち歌。「風雪・・・・何とか」 だったかな?
とにかく素晴らしい声量とギター・テクニックでした。ギターの音が三味線に聞こえた!
ああああああaそして今夜の夕食は、10階のスポーツ・デッキでのビュッフェ・ディナー。
食事を終えてデザートを頂いていた時、突然のしゅう雨!慌てて室内へと逃げ込んだのでした。
我々は食事が終わっていたので助かったのですが、遅れてきた人達は食事もままならなかったとか。
夜食が用意されてるとは言え、お腹が空いたことでしょう。
夜の散歩で12階のサン・デッキを歩いておりますと、「宙」 をテーマにブルーを基調としたというトップ・ラウンジが目に入りました。
「ちょっと一杯やっていこう」 と言いますと、女ってケチと言いますか、「もったいないから止めよう」 と言うではありませんか。
別に散財する気はないのですが、せっかくの船旅、少しはムードを楽しんでもバチは当たらないでしょうに。
と言うことで軽く一杯。
他に客は居なかったのですが、ご婦人が一人、ブラック・ジャックで熱くなっておりました。
一杯やって部屋に帰る途中、生演奏をやっているラウンジがありましたので、「ここでも軽く一杯」 と提案したのですが、あえなく却下
三日目の夜は静かに暮れていったのでした。
4日目。小笠原最後の日となります。
この日の予定は決まっていなかったのですが、朝起きたカミさんが、「今日は海洋センターに行ってウミガメを見る」 と宣言しましたので、今日の行動計画があっさりと決まったのでした。
上陸後、まずはビジター・センターに行って情報を収集することに。
ビジター・センターのすぐ前が村営バスの始発所となっているとのことが分かりましたので、このバスを利用して海洋センターまで行くことにしました。
ただ、海洋センターという停留所がなかったので、聞いてみましたところ、街中以外では好きなところで乗り降りが出来るとのことでした。村営バスと言っても、乗っているのは殆どが観光客ですからね。
この海洋センター、無料だったのですが、寄付は受け付けるとのことでしたので千円だけ置いてきました。
そして生まれたばかりの子亀は泳ぎ疲れたのか、網の上で甲羅干し?をしておりました。
海洋センター前の海岸。
見えている杭は、以前いけすを作って積極的にふ化させていた時の名残だそうですが、現在はアオウミガメの自主性?に任せているので撤去しているとのことでした。
バスは1時間に一本ですので、青灯台岸壁まで歩くことにしたのですが、南国の直射日光に耐えきれず、途中にあったグラウンドのクラブ・ハウスで一休み。
管理人のおばさんが水を飲ませてくれたり、色々親切にしてくれたのですが、日陰に入って風が吹き抜けるとクーラーがなくても結構涼しいんですよね。出発前、最高気温の予報を見てみても、東京・横浜が34度ぐらいの時でも、小笠原29度と予想されていましたからね。
管理人のおばさん、話し好きで色々教えてくれたのですが、家賃は高いと言ってました。
島で建設用の木材を切り出すことは出来ないでしょうから、全て内地から運んでくることになり、建設費がかさむのだそうです。
1DKで10万近くするとは、「東京並みですね!」 と言いましたところ、「ここは東京都です」
あああああああそうなんですよ!車のナンバーも 品川 ナンバーですしね。
その後は、熱中症にはなりたくないのでバスで帰ることにしたのですが、バス停で待っておりますと、目の前にこんな鳥が飛んできたのでした。ひょっとするとこの鳥は?!
この貴重な天然記念物・希少種の アカガシラカラスバト だったのではないでしょうか?
地元に人にカメラの画像を見せたところ、「間違いない」 と言ってました。「綺麗な鳥ではない」 とも。
注) 「イソヒヨドリのオスではないか?」 とのご指摘があったことも書き添えておきます。
最後の小笠原も午前中はこれでお終い。
午後からは、せっかく水着も持ってきたのだから、ちょっとだけ泳いでみようと提案したものの、「焼けるから嫌」 とこれまたあっさりと却下。
それならと言うことで、11階にある船のプールで泳いでみることにしました。
その間、カミさんは洗濯に。各階には24時間無料で利用できるランドリーが用意されているのです。
おじいさんはプールへ水泳に、おばあさんはランドリーへ洗濯に。と言ったところでしょうか。
しかしこのプール、深さは1.5mと十分ながら、ご覧のような短さで、腕を3回もかくと終わってしまうんですよね。仕方なく隣のジャグジーに入ってみたら、お湯の熱いこと。諦めて一風呂浴びることにしたのでした。
あああああああ旅館の温泉のようにはいきませんが、サウナなども備えられていました。
慌ただしかった小笠原観光も終わってしまい、午後5時の出航時刻になりました。係留ブイからゆっくりと離れて、外洋へと乗り出して行きますと、
地元の漁船が盛大な見送りをしてくれるのです。「お世話になりました~、ありがと~、さよなら~!」
父島を出航し、4日目の夜となりました。
夜のボート・デッキ。
8階にあり脱出時にはここから救命ボートに乗り込みます。また、このデッキは船を一周出来るようになっていますので、ウォーキングに利用したり、周りの景観を眺めたりするのにうってつけなのです。
右に見えています角窓がステート・ルーム F なのですが、ボート・デッキを頻繁に人が通りますので、
カーテンを閉めっぱなしと言う事になってしまうでしょう。長い船旅、閉塞感で息苦しくなるのでは?
夜のメイン・ホールでは 遠藤律子トリオ によるジャズ演奏会が。
あああああああああ5日目も晴天に恵まれた気持ちの良い朝がやって来ました。
この日見物だったのが、カツオドリとトビウオの空中戦。
まちろん、カツオドリは水中へ突入して魚を捕るのですが、時々、船影におびえて空中に飛び出してきたトビウオを狙うこともあるのです。せっかくキャッチしたのに落としてしまったりして、迫力ある空中戦を見物することが出来ました。
再び鳥島が見えてきました。
今回は島を3/4周したとのことでしたが、見る方向によって島の形が大きく異なっていました。
中央下、緑や茶色に見える辺りがアホウドリの繁殖地とのことでしたが、双眼鏡でのぞいてみてもは営巣などは確認は出来ませんでした。
ついでに中国人が上陸してないか、しっかりとチェックしておきました。
鳥島にも別れを告げ、一路横浜・大桟橋へと針路と取ります。
おやおや、船長が船酔いでは困ってしまいますね~
ところで船の揺れですが、今の客船にはフィン・スタビライザーと言う物が装備されているそうで、ローリングは殆どなかったのですが、うねりによるピッチングは思ったよりも大きかったように感じられました。
私もフロントに常備してある酔い止めを毎日欠かさず服用していました。甲板に出て外を眺めている時は良いのですが、部屋で寝ている時など、少し気持ちが悪くなってくるのです。
この日はブリッジ見学会も。
レーダー画面。右前方に船影が映っています。トランスポンダーも装備されているようです。
夜には、キャプテンズ・カクテル・パーティーと 奥村 愛 ヴァイオリン名曲コンサートが行われました。
クルー紹介。白い服、左から四人目が船長ですが、面白い船長さんでした。
「私が何も船長、隣が言うこと機関長」
またこんなジョークも。鳥島を見ながら母子が、こんな心温まる会話をしてました。
母 「鳥はどう数えるか知ってる?」
子 「1羽 2羽だよ」
「偉いわね!それじゃ、クジラは?」
「1頭 2頭だよ」
「よく知ってるわね!それじゃ、お馬さんは?」
「知ってるよ~、1着 2着だよ」
「変なこと教えないで」 と、お父さんは後からこっぴどく叱られたとか。
親しみやすい自然体のトーク、ヴァイオリンの調べで洋上のひとときをお過ごし下さい。
太平洋に沈む夕日。長かった船旅も明日で終わります。
空には上弦の月も見えていました。
帰ってきました横浜へ。
しかし、海の汚いこと!蒼い海ではなく、茶色の海になってました。
飛鳥 Ⅱ も何処かへ行っていたようですが、一足先に帰って来てました。
5泊6日の船旅。南島に上陸できなかったことが唯一の心残りでしたが、初めての船旅を堪能することが出来ました。これで一人20万円ちょっとの費用でしたが、楽しそうな船旅がありましたら、また参加してみたいと考えております。
ぱしふぃっく びいなす に乗って小笠原クルーズ。横浜市民限定割引プランという企画をインターネットで見つけましたので、「どうせ当たらないだろうから申し込みだけしておこう」 と気軽に応募しましたところ、15室限定だったにもかかわらず、当選してしまったのでした。
『申し込み多数のため、厳正に抽選しました結果、当選されました』 とあったのですが、こんなにあっけなく当選してしまいますと、「本当に申し込み多数だったの?」 と疑ってしまったくらいです。
横浜大桟橋を出航して西に向かい、熱海沖に停泊して [熱海海上花火大会] を観賞した後、小笠原へと向かう5泊6日のクルーズなのです。
横浜大桟橋に停泊する ぱしふぃっく びいなす、全長183m・26,500トン。
今回用意された部屋はステート・ルームという一番下のクラスだったのですが、我々のステート G は
一応角窓になってました。
写真を見ればお分かりのように、丸窓の部屋ではかなりの閉塞感がありそうですね。
更にデッキに面した部屋では、外をしょっちゅう人が通りますので、殆どカーテンを開けられないでしょう。
部屋を選ぶ時には、角窓か丸窓か。デッキに面していないかなど注意する必要がありそうです。
部屋にはテレビ(日本近海ではBSが、離れるとNHKワールドを観ることができました)、冷蔵庫の他、
100Vのコンセントなどがありましたので、カメラの電池の充電などにも不自由はしませんでした。
もちろん、トイレ、洗面所(シティ・ホテル並の備品)、狭いながらもシャワー・ブースの備えもありました。
紙テープに送られて、いざ出航!後方の船は 飛鳥 Ⅱ
この時期、気になるのは台風の動きで、14号・15号と立て続けに発生していましたが、全く心配はしていませんでした。
何故なら、太平洋高気圧(小笠原高気圧とも言います)が勢力を強めて、日本の南海上に張り出していましたので、さすがの台風もこの高気圧の中には入り込めず、その縁を回って沖縄方面へ向かうと予想したからなのです。
台風の余波か?多少のうねりはあったものの、クルーズ中は素晴らしい晴天に恵まれたのでした。
都会の喧噪を離れて、南国の楽園へと旅立ちます。 ロイヤル・ウイングもお見送り?
出航後24時間以内に行うよう義務付けられているそうで、横須賀沖で早速の避難訓練。
救命胴衣の背中に 5 とあるのは、我々が乗る救命艇は5番と指定されているからなのです。
救命艇1隻に約150名乗れるそうなので、150名X6=900名。タイタニックの悲劇はゴメンです。
長い船旅で乗客を退屈させないよう、色々な催しが用意されています。熱海沖に着くまでに、メイン・ラウンジでは歌謡コンサートが。変な発音だと思ったら、外国の方でした。
船で働く約200名の皆さん。マネージャー・クラスを除くと、乗客係の殆どが外国人でした。
熱海沖での花火見物。
天気が良すぎて風も弱く、後半は煙に妨げられて、花火がよく見えなかったのが残念。
写真は合成しています。
花火見物が終わりますと、いよいよ小笠原へと進路を取ります。
次の日の朝の5時頃に八丈島を通過しますと、次に見えてくるのが青ヶ島。そして、奇妙な岩石の島、
須美寿島(すみす島)が見えてきました。
ああああaこの島、奥行きのない屏風のような島なのです。標高136m
南下を続けていますと、船の周りを鳥たちが飛び回るようになってきました。
背中の白いのがアホウドリで、黒いのがカツオドリだそうです。比較するものがなかったので大きさまでは分からなかったのですが、横浜港に帰った後、船のそばに寄ってきたカモメとの比較では、倍の大きさはある鳥だったようです。
アホウドリとカツオドリに先導?されて航行を続けていますと、大きな島影が見えてきました。 鳥島 です。
明治時代にはアホウドリ捕獲のために人が住んでいたり、昭和になって気象庁職員が常駐していた時期もあったようですが、現在は無人島になっています。
島の最高峰の硫黄山は394m、海岸線の長さは6.5キロだそうな。
島の西側には、昭和40年の火山活動によって閉鎖された気象庁鳥島気象観測所の建物が、朽ち果てた状態で残っていました。山頂にはレーダー・ドームも。
手前の崖に砲座のような洞窟がありましたので、旧軍の施設跡かとも思ったのですが、万が一の場合の気象庁職員の避難壕だったのでしょう。
なにしろ明治35年の大噴火では入植者125名全員が犠牲になったそうなので。合掌
鳥島に別れを告げ、更に南下を続けていますと、怪しげな物体が見えてきました・・・・・
太平洋の真ん中にそそり立つ玄武岩の孤立突岩 孀婦岩(そうふがん) です。
この辺りの水深は2,000mだそうですので、海底から二千メーターの山がそびえ立っていることになります。海面上からの高さは99mだとか。海水が全部無くなった時の景観も見てみたいですね。
ああああああああa頂上には鳥たちのコロニーが。登った奴もいたとか!!
大サービスで岩の2~300mぐらいまで近づいてくれました。船長によりますと、クルーズ船ならではのサービスだそうで、定期船ではこんな航路は取らないとか。
前にも書きましたように、航海中に乗客が退屈しないよう、色々なイベントが企画されているのですが、
その情報は前日の夜に各部屋に船内新聞として届けられるのです。
あああ画像をクリックすると拡大します。
新聞にもありますように、二日目の夜には船長主催のウェルカム・パーティーとピアノ・ディオ・コンサートが行われました。飲み物は全てキャプテンのおごり?です。
飛行機のキャプテンとはずいぶんと違うようですね。キャプテンとチーフ・パーサーとの間に意見の相違が生じますと、キャプテンが飛行機から降ろされたりしてね。何処かの航空会社では。
航空会社の事務方は、パイロットを押さえつけ仕切ることに、異常な執念を燃やしているのです。
その事務方に媚びを売る一部のパイロットも、全くもって情けない次第なのですが。
船旅にはドレス・コードという規定が設けられておりまして、例えば、
日中。起床から夕食(カクテル・パーティーを含む)までは自由な服装。
夕食以降は、その日ごとに設定されたドレス・コードが適用される。
となっておりまして、二日目の夕食以降がインフォーマル。
それ以外の日は、カジュアルとなっておりました。そして、
インフォーマル : 男性はスーツ、ジャケットなどの上着にネクタイ。女性はワンピースやブラウス、
ああああああああスカートなどにアクセサリーを施した装い。との事でした。
ただ、インフォーマルの時でも、精一杯に着飾った方もいらっしゃいましたので、普段は出来ないようなお洒落をするのも船旅の楽しみの一つなのでしょう。
ところがカミさんによりますと、二日目の夕食時、インフォーマルの規定にもかかわらずノー・ネクタイに上着なしでメイン・ダイニングに入ろうとして、マネージャーから 「お客様ちょっと・・・」 と制止されたのに、「いいから、いいから」 と言って、強引に通過した乗客が居たとのこと。こんな輩、必ず一人は居るんですよね。
この船は日本の船ですし、乗客も日本人ばかりですが、海外では日本人の恥をさらして欲しくない!
ドレス・コードの設定に不満なら、クルーズに参加するなと言いたいですね。
今日のメニューは、
タラバ蟹とサーモンディルマリネのポーピット・キャビア添え
オホーツク産帆立貝柱のソテー
牛フィレ肉のステーキ ソースマデラ 小茄子のグラタン添え ・・・ etc でした。
横浜を出航してから41時間、道草もありましたが小笠原諸島・父島にやっとたどり着きました。
右前方に停泊予定の二見湾が見えています。
今回のクルーズの全行程を示しますと下の図のようになります。往復二千キロ、小笠原は遠いのです。
父島・二見港にはパシフィック・ビーナスのような大型船が接岸できる桟橋がありませんので、沖合のブイに係留することになります。地元の漁船が大活躍。
正面の桟橋に停泊している船は、父島と母島を2時間10分で結ぶ ははじま丸(490トン)
島への上陸はテンダー・ボートや漁船を使って随時行われます。
上陸地点、青灯台岸壁では南洋踊りで歓迎。ボランティアなので、ぎこちないところはご勘弁。
初日。午後からはオプショナル・ツアーを申し込んでいましたので、午前中だけ自由行動。
最初は貸し自転車にするか村営バスの乗り放題を、と考えていたのですが、レンタル・バイクもありましたので、こちらを選択したところ、これが大々正解。
村営バスは1時間に1本程度しかありませんし、回れるのも海岸沿いの道だけ。山の方へ行くと急坂の連続で、自転車で走破するのはとても無理だったでしょう。
カミさんは免許を持っていませんので、二人乗りが出来るバイクを借りて6時間 / 2,800円。
バイクに関しては文句ばかり言うカミさんも、この時ばかりは 「貴方の趣味がバイクで良かった」 と言っておりました。
書類を書く時に、「自動二輪の免許はお持ちですか、バイクには乗り慣れてますか?」 と問われましたので、「バイクには50年乗ってるわい」 と、うそぶいておきました。
あああああああああああああ父島 MAP (画像をクリックすると拡大します)
バイクを借りて最初に向かったのが、島の北西にあります 三日月山展望台
展望台までは長い坂道が続いていたのですが、途中、徒歩で登っていたご婦人二人を追い抜きました。
こんな時、何か申し訳ない気持になるんですよね。カミさんが 「頑張って下さい」 と声を掛けてましたが。
展望台から南方向を眺めます。
運がよければ、鯨を見ることができるようです。ただし、ベスト・シーズンは3~4月らしい。
次の日、食事の時に同席した人は、イルカが飛び跳ねるのが見えたと言ってました。残念
展望台に30分ほどいて山を下ったのですが、その途中、また例のご婦人二人連れとすれ違いました。
もう一度、「もう少しです、頑張って下さい」
海洋センター付近からの眺め。リゾート地の雰囲気が出てますね。
右の建物は海上自衛隊の基地。水陸両用機(US2)が陸上に上がるためのランプも見えました。
バイクで走れる道は殆ど走破しましたが、紺碧の海と白波の対比が美しい島でした。
あああああ島の西側にあるコペペ海岸。天然記念物である オカヤドカリ が多数生息していました。
そのコペペ海岸を海側から見ますと、こうなります。
コペペ海岸から中央山・夜明山へ向かう途中、右に折れて赤旗山方面へ向かいましたところ、道が途切れた先にはこんな看板が。
ガイドなしでは立ち入り禁止とくれば、諦める外ありません。
後で地元の人に聞きましたら、「あそこに入り込んだら、迷子になって出てこられないよ」 ですと。
その後は父島の最高峰 中央山 へ。
頂上の展望台から二見湾の方を眺めますと、ちょうど定期船 おがさわら丸 が入港してくるところでした。
小笠原の経済は、おがさわら丸中心に動いているようです。「おがさわら丸入港中だけ営業」 とかね。
船の大きさにそれほどの違いはないようにも見えますが、びいなす(26,500トン)おがさわら丸(3,500トン)です。
接岸したおがさわら丸。
3時間ほど走り回って父島内の道は概ね制覇しましたので、バイクは返して一旦船に戻り、昼食を摂ることにしました。
食事にも気が配られていて、飽きることのないようなメニュー構成になってました。今日は海鮮丼。
食事中、ちょうどははじま丸が出航して行くところでした。母島まで約2時間の旅。
後方の ↓ が海上自衛隊の水陸両用機が陸に上がるためのランプです。
昼食の後、予め申し込んでおいたオプショナル・ツアー 海域公園ボート遊覧 のため再び上陸。漁船5隻に分乗して出港しました。
とにかく海の蒼さが印象的でした。これぞ群青。
今日の海は荒れている方とのことだったのですが、凪の時は海面に自分の顔が写るとのこと。
それでも、海面を透して海底までのぞき見ることができました。
二見湾に無事帰還。1時間30分ばかりの遊覧でした。
今夜は食事の前に、魂のギターとボーカルの夜 を堪能。
多くの人が魂を揺さぶられ、いつしか 「魂のギタリスト」 と呼ばれるようになった 中村 ヨシミツ と クラシックからシャンソンまで、幅広いジャンルと歌唱力で人気の 三原 ミユキ
みんなの手拍子にのせて始まった ♪ お~シャンゼリゼ ♪ など、大いに盛り上がったのでした。
シャンソンもクラシックも良かったのですが、一番の聴きどころだったのが、アンコールで歌われた、北島三郎の持ち歌。「風雪・・・・何とか」 だったかな?
とにかく素晴らしい声量とギター・テクニックでした。ギターの音が三味線に聞こえた!
ああああああaそして今夜の夕食は、10階のスポーツ・デッキでのビュッフェ・ディナー。
食事を終えてデザートを頂いていた時、突然のしゅう雨!慌てて室内へと逃げ込んだのでした。
我々は食事が終わっていたので助かったのですが、遅れてきた人達は食事もままならなかったとか。
夜食が用意されてるとは言え、お腹が空いたことでしょう。
夜の散歩で12階のサン・デッキを歩いておりますと、「宙」 をテーマにブルーを基調としたというトップ・ラウンジが目に入りました。
「ちょっと一杯やっていこう」 と言いますと、女ってケチと言いますか、「もったいないから止めよう」 と言うではありませんか。
別に散財する気はないのですが、せっかくの船旅、少しはムードを楽しんでもバチは当たらないでしょうに。
と言うことで軽く一杯。
他に客は居なかったのですが、ご婦人が一人、ブラック・ジャックで熱くなっておりました。
一杯やって部屋に帰る途中、生演奏をやっているラウンジがありましたので、「ここでも軽く一杯」 と提案したのですが、あえなく却下
三日目の夜は静かに暮れていったのでした。
4日目。小笠原最後の日となります。
この日の予定は決まっていなかったのですが、朝起きたカミさんが、「今日は海洋センターに行ってウミガメを見る」 と宣言しましたので、今日の行動計画があっさりと決まったのでした。
上陸後、まずはビジター・センターに行って情報を収集することに。
ビジター・センターのすぐ前が村営バスの始発所となっているとのことが分かりましたので、このバスを利用して海洋センターまで行くことにしました。
ただ、海洋センターという停留所がなかったので、聞いてみましたところ、街中以外では好きなところで乗り降りが出来るとのことでした。村営バスと言っても、乗っているのは殆どが観光客ですからね。
この海洋センター、無料だったのですが、寄付は受け付けるとのことでしたので千円だけ置いてきました。
そして生まれたばかりの子亀は泳ぎ疲れたのか、網の上で甲羅干し?をしておりました。
海洋センター前の海岸。
見えている杭は、以前いけすを作って積極的にふ化させていた時の名残だそうですが、現在はアオウミガメの自主性?に任せているので撤去しているとのことでした。
バスは1時間に一本ですので、青灯台岸壁まで歩くことにしたのですが、南国の直射日光に耐えきれず、途中にあったグラウンドのクラブ・ハウスで一休み。
管理人のおばさんが水を飲ませてくれたり、色々親切にしてくれたのですが、日陰に入って風が吹き抜けるとクーラーがなくても結構涼しいんですよね。出発前、最高気温の予報を見てみても、東京・横浜が34度ぐらいの時でも、小笠原29度と予想されていましたからね。
管理人のおばさん、話し好きで色々教えてくれたのですが、家賃は高いと言ってました。
島で建設用の木材を切り出すことは出来ないでしょうから、全て内地から運んでくることになり、建設費がかさむのだそうです。
1DKで10万近くするとは、「東京並みですね!」 と言いましたところ、「ここは東京都です」
あああああああそうなんですよ!車のナンバーも 品川 ナンバーですしね。
その後は、熱中症にはなりたくないのでバスで帰ることにしたのですが、バス停で待っておりますと、目の前にこんな鳥が飛んできたのでした。ひょっとするとこの鳥は?!
この貴重な天然記念物・希少種の アカガシラカラスバト だったのではないでしょうか?
地元に人にカメラの画像を見せたところ、「間違いない」 と言ってました。「綺麗な鳥ではない」 とも。
注) 「イソヒヨドリのオスではないか?」 とのご指摘があったことも書き添えておきます。
最後の小笠原も午前中はこれでお終い。
午後からは、せっかく水着も持ってきたのだから、ちょっとだけ泳いでみようと提案したものの、「焼けるから嫌」 とこれまたあっさりと却下。
それならと言うことで、11階にある船のプールで泳いでみることにしました。
その間、カミさんは洗濯に。各階には24時間無料で利用できるランドリーが用意されているのです。
おじいさんはプールへ水泳に、おばあさんはランドリーへ洗濯に。と言ったところでしょうか。
しかしこのプール、深さは1.5mと十分ながら、ご覧のような短さで、腕を3回もかくと終わってしまうんですよね。仕方なく隣のジャグジーに入ってみたら、お湯の熱いこと。諦めて一風呂浴びることにしたのでした。
あああああああ旅館の温泉のようにはいきませんが、サウナなども備えられていました。
慌ただしかった小笠原観光も終わってしまい、午後5時の出航時刻になりました。係留ブイからゆっくりと離れて、外洋へと乗り出して行きますと、
地元の漁船が盛大な見送りをしてくれるのです。「お世話になりました~、ありがと~、さよなら~!」
父島を出航し、4日目の夜となりました。
夜のボート・デッキ。
8階にあり脱出時にはここから救命ボートに乗り込みます。また、このデッキは船を一周出来るようになっていますので、ウォーキングに利用したり、周りの景観を眺めたりするのにうってつけなのです。
右に見えています角窓がステート・ルーム F なのですが、ボート・デッキを頻繁に人が通りますので、
カーテンを閉めっぱなしと言う事になってしまうでしょう。長い船旅、閉塞感で息苦しくなるのでは?
夜のメイン・ホールでは 遠藤律子トリオ によるジャズ演奏会が。
あああああああああ5日目も晴天に恵まれた気持ちの良い朝がやって来ました。
この日見物だったのが、カツオドリとトビウオの空中戦。
まちろん、カツオドリは水中へ突入して魚を捕るのですが、時々、船影におびえて空中に飛び出してきたトビウオを狙うこともあるのです。せっかくキャッチしたのに落としてしまったりして、迫力ある空中戦を見物することが出来ました。
再び鳥島が見えてきました。
今回は島を3/4周したとのことでしたが、見る方向によって島の形が大きく異なっていました。
中央下、緑や茶色に見える辺りがアホウドリの繁殖地とのことでしたが、双眼鏡でのぞいてみてもは営巣などは確認は出来ませんでした。
ついでに中国人が上陸してないか、しっかりとチェックしておきました。
鳥島にも別れを告げ、一路横浜・大桟橋へと針路と取ります。
おやおや、船長が船酔いでは困ってしまいますね~
ところで船の揺れですが、今の客船にはフィン・スタビライザーと言う物が装備されているそうで、ローリングは殆どなかったのですが、うねりによるピッチングは思ったよりも大きかったように感じられました。
私もフロントに常備してある酔い止めを毎日欠かさず服用していました。甲板に出て外を眺めている時は良いのですが、部屋で寝ている時など、少し気持ちが悪くなってくるのです。
この日はブリッジ見学会も。
レーダー画面。右前方に船影が映っています。トランスポンダーも装備されているようです。
夜には、キャプテンズ・カクテル・パーティーと 奥村 愛 ヴァイオリン名曲コンサートが行われました。
クルー紹介。白い服、左から四人目が船長ですが、面白い船長さんでした。
「私が何も船長、隣が言うこと機関長」
またこんなジョークも。鳥島を見ながら母子が、こんな心温まる会話をしてました。
母 「鳥はどう数えるか知ってる?」
子 「1羽 2羽だよ」
「偉いわね!それじゃ、クジラは?」
「1頭 2頭だよ」
「よく知ってるわね!それじゃ、お馬さんは?」
「知ってるよ~、1着 2着だよ」
「変なこと教えないで」 と、お父さんは後からこっぴどく叱られたとか。
親しみやすい自然体のトーク、ヴァイオリンの調べで洋上のひとときをお過ごし下さい。
太平洋に沈む夕日。長かった船旅も明日で終わります。
空には上弦の月も見えていました。
帰ってきました横浜へ。
しかし、海の汚いこと!蒼い海ではなく、茶色の海になってました。
飛鳥 Ⅱ も何処かへ行っていたようですが、一足先に帰って来てました。
5泊6日の船旅。南島に上陸できなかったことが唯一の心残りでしたが、初めての船旅を堪能することが出来ました。これで一人20万円ちょっとの費用でしたが、楽しそうな船旅がありましたら、また参加してみたいと考えております。
避難訓練はクルーズ船で義務付けられているんですね
とはいえFDさんの場合現役時代に同様の訓練は定期的にされていたので慣れていますよね?笑 それとこれは違うから別でしょうか?
もしかして避難訓練というくらいだからその救命胴衣を着て実際に船から救命艇に乗り移るんですか? その後またクルーズ船に戻るって事ですか?
ちゃんと人数確認はしているんですよね?
続きの記事楽しみにしています
by kingair350 (2012-08-25 08:58)
東京湾の中で救命艇を降ろして避難訓練を行ったら、通行の妨げになって
迷惑がられるでしょう。
by FD (2012-08-25 21:54)
離島や観光地でのミニバイクのフットワークの良さは、魅力が有りますよね。
私も90cc程度のスクータを購入し、ミニバンに積んで観光地まで移動し、
そこからは、「ローマの休日」風にスクータで観光・・・に、憧れます。
現実問題は、思春期の息子がいる家庭で、バイク購入という訳には・・・。
FD様の素晴らしいバイク経歴、経済面を考慮すると、奥方のバイクに対する
愚痴も理解できます・・・(笑)
避難訓練、クルーズ船だけなのでしょうかね?
24時間以上要する小樽-舞鶴便で、避難訓練をした記憶は無いのですが。
by 皮算用 (2012-08-26 09:02)
レンタル・バイクも一般的なってきているようですので、手軽にレンタルするのも
手かもしれません。
普段も使うのであれば、購入した方が安上がりでしょうが。
長距離の船旅をした経験が無いのですが、フェリーなどでは必要ないのかも知れませんね。
by FD (2012-08-26 15:50)
避難訓練、やはりちゃんとやられているんですね。
最近でもコスタ・コンコルディア号の事例もありますし。
気は抜けませんね。
それにしても、こういう船旅はしたことがないのですが、
さすがに船内イベントが盛りだくさんで楽しそう。
とはいえドレスコードがあるところは苦手ですが(笑)
by うえいぱうわ (2012-08-26 23:52)
ドレスコード。確かに最初は身構えたのですが、普通の格好をしていれば、
それほど気にすることはない。と言うのが実際のところです。
ただし、2日目の夕食の時だけジャケットにネクタイ。後は下着で部屋の外に出ない。
そんなところです。
病みつきと言うほどでもないのですが、面白そうな船旅があったなら
また出掛けてみたいと思っております。
by FD (2012-08-27 08:26)
二人乗りのバイクを借りて6時間 / 2,800円。
たしかにレンタルの方が便利そうです。
価格も、離島とは思えないぐらい良心的な設定ですね。
ドレスコード、南の島では絶対使わないジャケット、ネクタイ、それに合う靴、
荷物が増えることが、ちょっと負担です(笑)
by 皮算用 (2012-08-27 13:01)
私は夏用のジャケットとグレーのズボンを持って行ったのですが、綿パンツでも
問題ないと思いました。
靴も革靴ではなく、遊びで履いているようなバックスキンの靴で出掛けました。
そして、大きな荷物は宅配便で送っておきますと、乗船日に部屋の前まで
運んでくれまてます。
帰りは、下船の1時間ぐらい前までに部屋の外に出しておきますと、家まで送ってくれます。
by FD (2012-08-27 15:30)
いいなあ、わたしもいつかこんな船旅をしてみたいです。
ただ、なにもエンターテイメントが催されていないときの時間の過ごし方がちょっとしんぱいだったり…
小樽-敦賀フェリーの20時間ぐらいなら寝て過ごすこともできるんですがねぇ…
あるいは、周りが日本人ばかりでなければ、見知らぬ人に声をかけて気の合いそうな旅の道連れを見つけられそうですが、「旅先の日本人」というのはヘンにお高くとまっちゃってる人が多くてつきあいにくいです。
by nozzy (2012-08-28 13:33)
悠々自適でなによりです。
何の乗り物でも実際にコントロールしている部分などを見ると
色んな所に目が行きますよね。
飛行機と船の運航には似ている部分が多々あると思うのですが、
今回新たに発見されたことなどありましたでしょうか?
肩章は船長も4本線とか。
一度はこういう船旅にも参加したいものです。
by シャイアン (2012-08-28 20:03)
空ではキャプテンでも、海では船酔いするのですね。。。
一般の飛行ではほとんど揺れませんが、定期訓練では相当揺れそうな気がしますが
私の場合、根が貧乏性なのか、リゾートホテルやクルーズ(川ですが)に乗ると
全てのイベントを経験したい・・・と、義務感に駆られ、
かえって疲れてしまいました(汗)
版を拝見していると、イベントスケジュールに振り回されず、
上手に船旅をお楽しみのようですね。うらやましいです(笑)
by 皮算用 (2012-08-28 20:19)
FDさま、こんばんは。
小笠原クルーズされたんですね!
私も先月下旬に二人旅してきました。初めての小笠原。美しい海と島に魅了されましたが、写真はあまり撮らなかったので、FDさまの旅行記にてフィードバックさせてもらいました。ありがとうございます。クルーズ船が違うとまた違った楽しみ方があるのですね。
数少ない写真をUPしたので良かったら見てくださいね。(2・3日したら削除します)
http://www.zorg.com/pub/photol?c=iioiokmnsq
話は変わりますが、思い切って海猿観てきました。海に着水しないと海猿の出番がないので映画にならなくなっちゃうけれど・・・もし映画の状況だったら機長さん(FDさま)はどこにどんな着陸判断されるのか、ちょっとお伺いしたくなりました。万一ご覧になったらお教えてくださいね。
RISACO
by RISACO (2012-08-28 20:33)
ご無沙汰してます。お元気そうで何よりです。
小笠原は父島と母島へ各1回行っていますが、真っ青な海が素晴らしいですよね。帰りのお見送りでまた感動するんですよね…ラテンジャズのライブありませんでしたか?私がファンであるドラマーさんが同乗されてお仕事されていたようです。
私も同島に限らず、奄美や沖縄離島などあちこちで原付程度のレンタバイクを借りて、たぶん累計1,000km以上走っています。自宅周辺より走行距離が多いかもしれません(笑)
by JMB (2012-08-29 06:41)
もっと退屈するかとも思っていたのですが、6日ほどの船旅では退屈する
暇もありませんでした。
ブリッジ見学の時、色々質問してみたいこともあったのですが、見学する人が
多かったことと、知ったかぶって専門的な質問をするのもはばかられましたので、
あまり詳しく聞くことが出来ませんでした。
キャプテンと名が付けば、四本線というのが世界的な決まりごとのようです。
飛行機の揺れはガツ~ンとした揺れですが、うねりに乗った長期の揺れには
なかなか慣れませんでした。
最初にスケジュールを見た時は、あれもこれもと考えてしまうのですが、
いざ時間になると、「止めとこか」 となることが多かったですね。
「にっぽん丸は料理が美味しい、飛鳥 Ⅱは気取っている」 と言っていた人が
居ましたが、実際はどうなのでしょう?
南島に上陸されたようで、写真を楽しませて頂きました。
写真でも景観の素晴らしさを感じることが出来ました。ありがとうございます。
その映画まだ観ておりません。映画館まで行く気にはなりませんので、
WOWOWあたりで放映されましたら、対応を判断したいと思います (笑)
遠藤律子トリオの演奏がありました。ドラマーは井上さん?
離党ではレンタル・バイクが便利。と言う事を痛感しました。
離党で1,000キロ、脱帽です。
by FD (2012-08-29 08:33)
「アカガシラカラスバト」かもと書かれていた鳥ですが、たぶん「イソヒヨドリ」のオスだと思います。
「アカガシラカラスバト」は普通の鳩と同じような体型です。写真のものはツグミの体型にみうけられますから、たぶん……。
じっさいに「アカガシラカラスバト」を見た事はもちろん無いので、ちょっと不安ですが……たぶん間違いないと思います。
by おすぷれい26 (2012-08-29 14:30)
ご指摘ありがとうございます。
http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%82%AC%E3%82%B7%E3%83%A9%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%90%E3%83%88
確かに少し違うような気もしますが、記事の方はそのままにしておきたいと思っています。
by FD (2012-08-29 15:31)
すみません、見落としていました。「遠藤律子トリオ」の写真に写っていました。
今晩、横浜でのライブでお話しするネタが出来ました。(笑)
by JMB (2012-08-30 07:19)
いえ、見落とされたのではありません。
抜けておりましたので、後から写真を追加したのです。
申し訳ありませんでした。
by FD (2012-08-30 07:34)
優雅な船旅を満喫されたようですね。
我々現役世代は「船旅=時間がかかる=休みが取れない」となってしまいますので今は無理ですが、いつかは楽しんでみたいところです。
小笠原にはスキューバダイビングをしに行きたいところなのですが、やはり行き帰りの小笠原丸の日程で制限を受けてしまいますのでコレも適わず。
万一、海況により父島に取り残されたら仕事が…
でも、FDさんの写真を見ていると行きたくなりますね~
韓国にコケにされ続けているときにブログの更新が止まっていらしたので、どちらかへご旅行だろうと想像はしていたのですが、船旅は想像外でした(笑)
by トメ (2012-09-03 09:33)
かくも長き不在。失礼いたしました。
同じテーブルで食事をした人の話では、父島・二見湾内の海洋センター前には
シュノーケリングだけで堪能できる見事なサンゴがあったとのことでした。
仕事を持っている方にはちょっと辛い旅になるでしょうね。仰るように
台風などで帰りの足が無くなるのが不安でしょう。
by FD (2012-09-03 11:57)
すでにコメントがありFDキャプテンも対応されておられますのでそれ以上のご対応の必要はありませんが「イソヒヨドリ」の♂ですね。
ただし成鳥になりかけ、もしくは日本本土で見られる「イソヒヨドリMonticola solitarius philippensis」ではなく別の亜種の可能性もあります。
本土で見る成鳥のイソヒヨドリは青色と赤褐色が渋いきれいな鳥です。海岸のドライブで見かけることもあるかもしれません。双眼鏡をお忘れなく
by キネマ航空CEO (2012-09-18 15:34)
残念ながら、『アカガシラカラスバト』 ではありませんでしたか。
ご指摘ありがとうございました。
by FD (2012-09-20 21:32)